「公文って長く続けないと意味がないのかな?」
「始めても途中で辞めたらもったいない?」
公文を検討していると、このような疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
筆者も、公文を始める前は「何年も続けるもの」というイメージを持っていました。
しかし実際には、約1年半でも学習習慣という大きな財産を得ることができました。
現在は公文を辞めていますが、「もっと続ければよかった」とは現状では思っていません。
むしろ、幼児期の約1年半という期間だけでも、学習習慣を身につけるという意味では十分価値があったと感じています。
もちろん、公文を長く続けることが合うご家庭もあります。
この記事では、「長く続けるかどうかは始める前に決めなくてもいい」という、筆者の体験談をご紹介します。
約1年半でどこまで進んだのか
筆者の子どもは年少から、公文の国語と算数を始めました。
国語は7A教材(ひらがなの読み)から、算数は4A教材(数字を書く練習)からスタートしました。
約1年以内で、算数は2A教材の一桁のたし算(小学生低学年レベル)まで進みました。
当時は年中でしたが、2学年以上の先取り学習が進むにつれて難易度も上がり、このあたりで公文の算数は辞めました。
その後はそろばんへ切り替え、公文を辞めてから1年程度、就学前に掛け算・割り算まで学習が進みました。
※詳しくは別記事で紹介しています。▼
一方、国語はその後も半年ほど継続し、AⅠ教材まで修了しました。
AⅠ教材では小学校低学年で学ぶような漢字や短い文章の読解にも取り組み始めます。
決して何年も通ったわけではありませんが、この約1年半で得られたものは想像以上に大きかったと感じています。
一番大きかったのは「勉強することが当たり前になった」こと
公文に通って一番良かったと思うのは、学力そのものよりも、学習習慣が身についたことです。
毎日机に向かい、鉛筆を持ち、少しずつ課題に取り組む。
この流れが生活の一部になりました。
そのため、公文を辞めた現在も、市販ドリルや公文出版の教材を使って、自宅学習を無理なく続けられています。
筆者の家庭では、最初から自宅学習だけでは、ここまで自然に習慣化することは難しかったと思っています。
幼児期は、生活習慣が固まりきっていない時期です。
だからこそ、「毎日少しだけ勉強する」ことを当たり前の習慣にできたのは、公文の大きな価値だったと思っています。
公文を辞めたのは「意味がなかったから」ではありません
現在は公文へ通っていませんが、それは「公文が合わなかった」という理由ではありません。
子どもの成長とともに、習い事が増えるなど、生活スタイルが変わり、通学時間を確保することが難しくなったことが理由のひとつです。
教室との相性もありましたが、それ以上に、筆者の場合は自宅学習の方が生活リズムに合うようになりました。
現在も学習自体は継続しており、「公文で身につけた習慣」をそのまま自宅学習へ引き継いでいます。
今でも自宅学習中に、子どもがふざけて雑に書いていると、
「○○先生だったら、もう一回書き直してって言うんじゃない?」
と声をかけます。
すると、たしかに、と感じるようで、素直に書き直してくれます。
辞めた今でも、公文で身についた学ぶ姿勢や先生の存在は、我が家の中にしっかり残っています。
長く続けるほど難しくなることも知っておいてほしい
公文は学年を越えて進める教材です。
そのため、進度が進むほど内容は難しくなり、毎日進められる枚数も少なくなります。
筆者の子どもも、1学年先くらいまでは1日に10枚以上サクサクと進めていましたが、2学年以上の先取りが進むにつれて難易度が上がり、1日1〜2枚が集中力の限界になりました。
これは決して悪いことではありません。
難しい内容に挑戦しているからこそ、ごく自然なことだと思います。
また、進度が進むにつれて、子どもの様子にも変化が見られるようになりました。
それまでは「もっともっと!」「まだやる!」と楽しそうに取り組んでいたのですが、2学年以上先の内容になると、「難しい」「やりたくない」という気持ちの方が強くなっていきました。
もちろん、これも難しい内容に挑戦しているからこその変化であり、公文が悪いということではありません。
しかし筆者は、幼児期の子どもにとっては、学力を伸ばすことだけでなく、「学習が楽しい」と感じられることも同じくらい大切だと考えています。
無理に続けることで勉強そのものが嫌いになってしまっては本末転倒です。
一方で、公文は進度に関係なく月謝は同じです。
月300枚以上取り組んでいた時期も、月30枚も進めなくなった時期も、月謝は約8,000円です。
そのため、子どもの様子や費用対効果も踏まえ、「この先も公文を続けるか」「別の学習方法へ切り替えるか」を考えるタイミングが来ました。
そこで、公文を続けることにこだわるのではなく、公文で身につけた学習習慣をそのまま活かせるよう、市販ドリルを使った自宅学習へ切り替えることにしました。
市販ドリルへ切り替えました
我が家では、公文を辞めた後は市販ドリルを中心とした自宅学習へ切り替えました。
市販ドリルの多くは1冊40〜60ページ程度で、価格も1冊1,000円未満で購入できます。
公文の月謝1か月分あれば、複数冊のドリルを購入できるため、子どもの理解度に合わせて教材を選びながら学習を続けています。
公文のように同じ教材を繰り返し学習する良さもありますが、市販ドリルであれば、同じ単元でも出版社や問題形式、難易度なども変えられるため、子どもが飽きずに取り組めるというメリットも感じています。
また、市販ドリルは教材の選択肢が豊富な点も魅力です。
たとえば算数の市販ドリルであれば、計算だけでなく、図形、文章題、量や時計など、さまざまな分野の教材に取り組めます。
子どもの得意・不得意に合わせて、「今日は図形をやってみよう」「文章題にも挑戦してみよう」と柔軟に教材を選べるようになりました。
我が家では、計算力はそろばんで、図形や文章題は市販ドリルで補うという形が、子どもに合っていました。
もちろん、これは公文が劣っているという意味ではありません。
公文は「自学自習で高校教材まで進める力を育てる」という明確な目的を持った教材です。そのため、図形や文章題などを幅広く扱うことよりも、計算力や読解力を積み上げながら先取り学習を進めることに重点が置かれています。
市販ドリルとは目的が異なるため、それぞれにメリットがあると感じています。
また、市販ドリルの場合は、子どもの学習レベルを見ながら、保護者が教材を選ぶ必要があります。
その一方で、一緒に取り組む時間が増えたことで、「できたね」とその場で褒めたり、間違えた問題を一緒に考え直したりする機会も増えました。
筆者は、こうした親子のやり取りも、子どものやる気につながっているように感じています。
公文を辞めた後、就学前の時点では、国語は2学年先、算数は単元(計算、図形、量、文章題など)によって2〜3学年先を目安に、市販ドリルを複数組み合わせながら学習を続けています。
すると、公文を楽しんでいた頃のように、「もっともっと!」「これ楽しい!」と言いながら、自分から机に向かう姿が再び見られるようになりました。
筆者としては、公文で身につけた学習習慣を土台に、その時々の子どもに合った学び方へ切り替えられたことは、とても良い選択だったと感じています。
▼実際に使っているドリルの一部はこちら
▲こちらの「うんこ」のシリーズは、大人が想像する以上に子どもが夢中になって取り組んでくれました。
学習へのハードルを下げるきっかけづくりとして、とても優れた教材だと感じました。
公文は長く続けなくても価値があると感じた(個人的な感想)
公文は、高校教材まで自学自習できる力を育てることを目標とした、とてもよく考えられた教材です。
もちろん、その目標に向かって長く続けることも素晴らしいと思います。
一方で、筆者は「まずは学習習慣を身につける」という目的だけでも、公文には十分価値があると感じました。
実際、我が家にとって公文で得られた一番大きな財産は、「毎日机に向かうことが当たり前になる」という学習習慣でした。
その習慣は、公文を辞めた今でも、自宅学習という形で自然に続いています。
公文は「何年続けたか」よりも、「そこで何を身につけたか」の方が大切なのではないかと、筆者は感じています。
だからこそ、公文を始めようか迷っている方には、「長く続けられるか」を心配しすぎず、まずは始めてみるという選択も十分価値があるとお伝えしたいです。
そして、お子さんの成長やご家庭の生活スタイルに合わせて、その先を考えればよいと思います。
筆者にとって、公文で過ごした約1年半は、その後の学習の土台を作ってくれた、とても価値のある時間でした。
もちろん、お子さんによって合う期間は異なります。
この記事は、あくまで筆者の家庭で感じたこととしてお読みいただければ幸いです。


